薬局業務日誌

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Hibワクチン導入前後におけるインフルエンザ菌(haemophilus influenzae)感染症の変化

 インフルエンザ菌(haemophilus influenzae)はグラム染色陰性の桿菌と分類されていますが、小さくて丸まっているので球菌にも見える桿菌です(むしろ球菌では?)。

 

 中耳炎、上気道感染症副鼻腔炎急性喉頭蓋炎)、下気道感染症(肺炎)及び、侵襲性感染症として心内膜炎、関節炎、髄膜炎、敗血症を引き起こす菌で、特に小児領域において急性喉頭蓋炎、肺炎、髄膜炎は重要です。

 肺炎は先天性以外で小児の最も多い死因であり髄膜炎、急性喉頭蓋炎も致死的な疾患でありながらcommon diseaseの風邪等と似た症状があるため見逃される可能性もあります。

 髄膜炎においてはHib(haemophilus influenzae b)ワクチンにより予防が可能であり、全世界的に導入後発症率が減少しています。

 

ここで「b」ってナニ?と疑問に思われるのではないでしょうか?

 

 少し脱線しますが、莢膜とは真正細菌細胞壁の更に外側に持つゲル状の粘液質で、成分は多糖類やポリペプチドです。莢膜があることで免疫細胞による排除がされにくく、高病原性であることが多いようです。

 同じ細菌でも莢膜を形成する株としない株があり、更に株により形成する莢膜の抗原性に違いがあり、その分類を血清型と言います。インフルエンザ菌はa~fまでの6種あります。先ほどの「b」はこの血清型「b」のことです。無莢膜株は血清型で分類できない為、non-typable(NT)と表記されることが多く、NTHiと略すこともあります。

 

 ではナゼ髄膜炎のワクチンは「b」だけなのか? 他の血清型は? 無莢膜株は?

等、疑問に思われるのではないでしょうか?

 

 今回はこの疑問について検討するための論文を見ていきたいと思います。

まず一つ目の論文↓

Epidemiology of invasive Haemophilus influenzae infections in

England and Wales in the pre-vaccination era (1990-2).  PMID:7641841

 

Hibワクチン導入前のインフルエンザ菌感染症発生動向調査です。

地区はイギリスNorthern、North-Western、East-Anglia、Oxford、South-Westernの5地区とWalesのBangorのGwynedd病院において1990年から1992年までの間の調査です。

 2年間で全地区を合わせて946件のインフルエンザ菌感染症が報告されました。その内、772件(82%)が血清型「b」、95件(10%)がNon-typeable株、4件が血清型「e」、8件が「f」、残りの67件は決定できなかったとのことです。

 ここまでの結果から、血清型「b」による感染症が最も多く、次いでNon-typeableが多いことがわかります。

次にTable3,4に示されたHibとNTHiにより引き起こされた感染症別発生数を見てみましょう。HibではMeningitis(髄膜炎)が56%を占め、低年齢、特に2歳未満で多いです。この結果から前述した小児におけるHibによる髄膜炎は重要であり、ワクチン導入が推奨されている理由です。

  

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 発症した感染症の分類をもう少し見ましょう。次いで、Hibで多い感染症はEpiglottitis(喉頭蓋炎)、Bacteraemia(菌血症)、Cellulitis(蜂窩織炎)、Pneumonia(肺炎)となっています。NTHi感染症を見てみます。Hibと比較してどの感染症も少ないことがわかります。Bacteraemia(菌血症)、Pneumonia(肺炎)、Meningitis(髄膜炎)の順で多いです。いくつかの最近の文献やサイトで無莢膜株は気道感染症が多く、Hibは侵襲性感染症が多いと記述している記事が見受けられましたがそれは正確ではなく、もともとはHibがどの感染症においても多かったがHibワクチン導入によりHib感染症が減少し、NTHi感染症が目立ってきたという可能性があります。次の文献でHibとNTHiの感染症発生数の逆転を確認することが出来ます。

 

Invasive Haemophilus influenzae type b disease in England and Wales: who is at risk after 2 decades of routine childhood vaccination?  PMID: 24076970

 

 これもイギリスのインフルエンザ菌感染症発生動向調査です。対象地域はEnglandとWales、期間は2000年から2012年です。イギリスは1992年10月からHibワクチンが導入されています(ちなみに我が国日本は2008年12月から導入されました。なんと10年以上も後だとは...)。

 Table1を見てみましょう。2009年から2012年までの年齢別、血清型別発生数と各感染症発生数を示しています。Hibによる感染症は全体の5.6%に対し、NTHi感染症が80.2%とワクチン導入前調査と逆転した結果となっています。Hib感染症の5歳未満の発生数は 0.06/100 000人年でした。Hibワクチン導入前の発生数は5歳未満で20/100000人年を超えていましたから激減していることがわかります。今回は莢膜有無・血清型別感染症発生数は示されていませんが20歳未満の髄膜炎喉頭蓋炎、肺炎の発症数はHibワクチン導入前より少ない印象です。Hibワクチンの効果は大きかったといってよいのではないでしょうか?

 

Table 1.

Characteristics of Case Patients With Invasive Haemophilus influenzae Type b Disease, 2009–2012

Characteristic 

Age Group at Time of Infection, y

<1 

1–4 

5–19 

20–44 

45–64 

≥65 

Totala 

All cases of Hi 

242 

136 

127 

332 

512 

1219 

2568 

Total ncHi (% serotyped) 

163 (83.2) 

82 (75.9) 

70 (81.4) 

194 (82.6) 

261 (73.1) 

759 (82.1) 

1529 (80.2) 

Total capsulated (a, c, d, e, f) (% serotyped) 

17 (8.7) 

19 (17.6) 

10 (11.6) 

25 (10.6) 

63 (17.6) 

137 (14.8) 

271 (14.2) 

Total Hib cases (% serotyped) 

16 (8.2) 

7 (6.5) 

6 (7.0) 

16 (6.8)b 

33 (9.2) 

28 (3.0) 

106 (5.6) 

Presentation 

 Pneumonia 

0 (0.0) 

0 (0.0) 

2 (33.3) 

9 (56.3) 

18 (54.5) 

15 (53.6) 

44 (41.5) 

 Meningitis 

10 (62.5) 

5 (71.4) 

0 (0.0) 

2 (12.5) 

2 (6.1) 

1 (3.6) 

20 (18.9) 

 Epiglottitis 

0 (0.0) 

2 (28.6) 

3 (50.0) 

1 (6.3) 

8 (24.2) 

5 (17.9) 

19 (17.9) 

 Bacteremia 

6 (37.5) 

0 (0.0) 

0 (0.0) 

2 (12.5) 

4 (12.1) 

4 (14.3) 

16 (15.1) 

 Otherd 

0 (0.0) 

0 (0.0) 

1 (16.7) 

2 (12.5) 

1 (3.0) 

3 (10.7) 

7 (6.6) 

Data are presented as No. (%) unless otherwise specified.

Abbreviations: CFR, case-fatality ratio; Hi, Haemophilus influenzae; Hib, Haemophilus influenzaetype b; ncHi, nonencapsulated H. influenzae.

a Ten additional cases where no age details were available are not shown.

b One European case patient who became unwell while on holiday in England was excluded from follow-up and is not shown.

c Includes patients with concurrent central nervous system disease, asplenia, hemoglobinemia, congenital conditions, and other conditions not specified above.

d Includes patients with septic arthritis, osteomyelitis, and cellulitis.