薬局業務日誌

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認知症患者の交通事故を予測する方法

  年齢と認知機能と交通事故①では高齢ドライバーによる事故が起こる度に高齢者の運転は悪であるかのような報道についてそれが事実に即しているかデータを検証し、事実とは乖離があることをお話してきました。しかし、事実ではないしろ事故を起こす可能性はあるわけで、当事者として他人事ではないと感じておられる高齢者の方は多いのではないでしょうか。報道があるということは世間はそう見ており、エビデンスの話などしても世間の声が優先される日本では運転することに後ろめたさを感じてしまうこともあるでしょう。運転の可否はどのように判断したらいいのでしょうか?

 

・高齢者の運転免許更新はどんなもの?

 現在、道路交通法において次のように定められています。

① 運転免許更新時に75歳以上であれば認知機能検査を受けなければならない

② 75歳以上で一定の道路交通法違反を犯した場合も臨時で認知機能検査を受けなければならない

③ 認知機能検査で第1分類(記憶力・判断力が低くなっている者)と判定された場合は、臨時適性検査を受けるか、あるいは医師の診断を受けなければならない

④ 臨時適性検査や医師の診断により認知症と診断された場合は、免許が取り消される

⑤ ①の場合で、第2分類(記憶力・判断力が少し低くなっている者)や第3分類(記憶力・判断力に心配のない者)の場合には、高齢者講習を受ければ、免許は更新できる

⑥ ②の場合で、第2分類かつ認知機能が低下している場合(以前の検査より悪化している場合)には、高齢者講習を受ければ免許が更新できる。また、第3分類や認知機能の悪化のない第2分類の場合には、免許はそのまま継続される

①に定められた認知機能検査は3つのテストで構成されています。

  • 時間の見当識テスト
  • 手がかり再生(短期記憶テスト)
  • 時計描写(空間認知、構成能力テスト)

この検査の結果で上記の第1分類、第2分類、第3分類と判定されます。

分類によって更新時に受ける講習の内容に少し違いがありますが講習内容は以下のようになっています。

  • 1対1のやり取りを取り入れた双方向講義30分
  • 運転適性検査(動体視力、視野、夜間視力の検査)30分
  • 実車指導60分
  • 個別指導60分(第3分類及び75歳未満は無し)

 こうしてみると加齢による機能の衰えに対応した対策は講じられている印象です。

・④にある医師の診断とは? 検査はあるの?

 平成28年の75歳以上の免許保有者は約513万人でした。認知機能検査を受けた方の内1%が第1分類とされたとしても5万人が医師の診断を受けることになります。専門医だけでは対応しきれない可能性が予想されたため日本医師会から「かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き」というものが出されました。この手引きに認知機能検査としてHDS-R(改定長谷川式簡易知能評価スケール)またはMMSE(ミニメンタルステート検査)を必ず実施することとされています。

 ただ、前回の記事でも書きましたが、認知症と事故率に明確な相関性は認められていません。評価方法がMMSEなどの認知機能検査が主体で本当に事故を未然に防ぐことは可能なのでしょうか?

・検査結果はどれぐらい信頼できるの?

日本で行われている視覚検査や時計描写テスト、MMSE以外にも海外ではモントリオール認知評価テスト(MoCA)や点の移動を追跡するmultiple object tracking (MOT)、Trail-Making Test(TMT)などがあります。これらを検証した論文がありますのでご紹介します。

 

Can we improve clinical prediction of at-risk older drivers?  PMID: 23954688

 

 まず1つ目、主に検査について検証しています。視覚検査、認知機能検査(MMSE、TMT、MoCA)、反応検査(MOT、UFOV)を検証しており、視覚検査の感度・特異度はそれぞれ78%・41%、MMSEの感度・特異度はそれぞれ67%・76%でした。どれも1つの検査では十分な感度・特異度は得られなかったとしています。続いて紹介する論文は検査の検証が主体ですが歴についても検討しています。

 

The mini-mental state examination, clinical factors, and motor vehicle crash risk.  PMID: 25040793

 

 この研究は主要評価項目としてMMSEと事故率の関係を検証しています。結果はMMSEの点数と事故率に相関性は認められなかったとしています。表1に示します。

表1 MMSEの点数と事故の起こしやすさ(追跡期間 平均4.5年)

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 気になる点として副次評価項目ではありますが、過去2年間の事故率が最も強い予測因子であったとしています(ハザード比=2.68(95%CI: 2.29-3.13)。さらに他の関連の強い因子として、うつ病、事故の前年の転倒歴、睡眠時無呼吸症候群、低血圧症があったとしています。続いての論文は主要評価項目に歴も組み込んだものとなっています。

 

The 4Cs (crash history, family concerns, clinical condition, and cognitive functions): a screening tool for the evaluation of the at-risk driver.  PMID: 20487078

 

 この研究は4項目の評価を設け、それぞれ点数化し、総合点数と事故率の関連を検証しています。

  • 過去2年間の事故歴
  • 家族からの評価(家族の心配度)
  • 体調、既往歴
  • 認知機能

 それぞれ1~4点、上限16点となっており、高得点ほどリスクが高くなります。カットオフ値を9点以上とした場合、実際のロードテストの評価が低かった対象を84%抽出することができたとしています。この研究では認知機能が最も強い予測因子であったとしています。次いで家族の評価でした。

 

 結論としては事故の起こしやすさを予測する方法は未だ確立されていません。ただもう少し検査方法の種類、患者さんの周辺情報の収集も日本は取り入れるできでしょう。少し検査重視の偏重がある印象です。免許制度、医療制度、身近な人の支援、つまり社会全体で取り組むべき課題であり、マスコミの報道のように不満の矛先を当事者に向けるだけで解決できないことだけは確かです。薬剤師として何ができるかを考えていきたいと思います。